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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)545号 判決

本籍

福井県福井市宝永四丁目一三一一番地

住居

神奈川県逗子市久木四丁目一九番一八号

医師、歯科医師

飯沼昌夫

明治四五年七月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官上田廣一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金二、三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都板橋区常盤台二丁目三三番一五号において「飯沼病院」の名称で医業を、同二丁目三三番一六号において「常盤台歯科クリニック」の名称で歯科医業をそれぞれ営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空の仕入を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が一億一、九一四万七、九七五円(別紙一修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一五日、東京都板橋区大山東町三五番一号所在の所轄板橋税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が五、八九四万五、五四九円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二、七七七万七、七二二円を控除すると二三二万一、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第九六一号の1)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額四、五一九万二、七〇〇円(別紙四ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額四、二八七万一、二〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が一億一、一九一万四、九七九円(別紙二修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月一四日、前記板橋税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が七、〇五七万三、七八八円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二、八四三万四、六六八円を控除すると九六七万六、四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三、八八六万六、二〇〇円(別紙四ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額二、九一八万九、八〇〇円を免れ、

第三  昭和五四年分の実際総所得金額が八、六九〇万一、八二九円(別紙三修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一四日、前記板橋税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が七、三六七万四、二三七円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二、九二五万七、四六五円を控除すると一、一〇二万四、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の3)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一、九六八万一、四〇〇円(別紙四ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額八六五万七、一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書三通

一  中蔦雅男の検察官に対する供述調書三通

一  検察官、主任弁護人及び被告人作成の合意書面

一  収税官吏作成の源泉徴収税額に関する調査書

一  検察官作成の社会保険料探除及び医療費控除額に関する捜査報告書

一  板橋税務署長作成の証明書

一  押収してある所得税確定申告書三袋(昭和五六年押第九六一号の1ないし3)及び所得税青色申告決算書三袋(同号の4ないし6)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右政正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金二、三〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和一三年三月に東京高等歯科医学校(現在の東京医科歯科大学)を卒業して同年四月に歯科医師免許を、同一八年九月に東京慈恵会医科大学を卒業して同年一〇月に医師免許をそれぞれ取得し、同二一年三月に開業した「飯沼病院」を、同五六年三月現在個人経営の病院としては全国屈指の規模(診療科目内科及び精神神経科、ベット数四二六床、医師一二名、薬剤師四名、看護婦及び看護補助者約九五名、そのほか給食関係者等約三五名)にまでするとともに、同四八年には「常盤台歯科クリニック」を開業し、これらの病院経営を営むものであるところ、本件は、被告人が架空の仕入を計上するなどの方法により、三年度にわたり合計八、〇〇〇万円余りの所得税を免れたというものである。被告人は、脱税の動機として、高利による借金が累積していたため、病院経営の資金繰りが苦しかったこと、不測の事態に備える裏資金や老後の生活資金を蓄えておきたかったことなどを供述しているところ、病院経営の資金繰りのため、当初高利の借金に頼らざるを得なかったことは理解できないではないが、いずれもそのことにより脱税が許されるものではなく、その他動機において格別斟酌すべき事情は認められない。むしろ、被告人の家族名義、あるいは架空名義による公表外の定期預金等が昭和五四年一二月末には約二億円にものぼり、同五二年一〇月に約七、五〇〇万円をかけて新居を建築していることなどからして、被告人が私財を蓄えていたという面を見逃すことができず、また、脱税額も決して少ない額ではない。

ところで、検察官は、被告人に対し、懲役八月及び罰金二、五〇〇万円の求刑を行ない、他方、弁護人においては、罰金刑のみを選択すべきであると主張するが、前記の諸事情に加えて、近年社会問題化している医師による脱税に対する一般予防の見地からも、被告人の刑責は軽視できず、後掲する被告人に有利な事情を考慮しても、本件は、到底罰金刑のみを選択すべき事案ではないことはもちろん、懲役八月という検察官の求刑も、他のこの種事案との均衡を著しく失するものといわなければならない。

他方、本件のほ脱率は、源泉徴収税額を考慮すると四二パーセント強であって、比較的低いこと、被告人は、本件後修正申告をしたうえ、本税を納付し、重加算税等についても、猶予許可を得たうえで納付の努力をしていること、今後は顧問税理士による経理体制を整えるとともに、病院を医療法人化すべく準備をすすめていること、被告人及びその経営する病院が果した社会的役割もそれなりに評価できること、被告人には前科前歴のないことなどの有利な事情も認められ、その他被告人の反省程度、健康状態、年齢など本件にあらわれたすべての事情を考慮し、主文のとおり量刑する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保眞人)

別紙一 修正損益計算書

飯沼昌夫 No.1

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

飯沼昌夫 No.2

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

別紙二 修正損益計算書

飯沼昌夫 No.1

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

飯沼昌夫 No.2

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

別紙三 修正損益計算書

飯沼昌夫 No.1

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

飯沼昌夫 No.2

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

別紙四 ほ脱税額計算書

飯沼昌夫

〈省略〉

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